ヒト4Rタウ発現細胞モデルにより、タウの伝播に関する新しい因子が発見された
Li Gan教授は、近年、アルツハイマー病などの神経変性疾患に関する研究で一流誌に複数の論文を発表している、最も注目されている神経科学者の一人である。2010年頃からの彼女の研究は特に、脳内の「タウ(Tau)タンパク質」が神経変性を引き起こす仕組みの解明に大きく貢献している。
山中伸弥教授らがiPS細胞(人工多能性幹細胞)を報告した直後から、Li Gan教授はこの技術をいち早く取り入れ、ヒトiPS細胞から神経細胞を作り出して病態を再現する研究を展開してきた。彼女はこのiPS由来神経細胞を使って、タウに関連する新しい分子を見つけ出すスクリーニングや、タウタンパク質自身の変化、およびその結合分子の変化を網羅的に調べるプロテオーム解析など、多くの成果を発表している。
タウタンパク質は、神経細胞の中で微小管という細胞の骨格を安定させる役割を担っている。成人の脳では、タウには3つのリピート構造をもつ3R型と4つのリピート構造をもつ4R型の2種類があり、通常はほぼ同じ量で存在する。一方、胎児期の脳では3R型しか作られない。これまでの研究で、4R型のほうが凝集しやすく、また4R型に関連した遺伝子変異が家族性の神経変性疾患(たとえば進行性核上性麻痺など)の原因となることが分かっている。そのため、病気の再現や治療研究には4Rタウを発現させることが非常に重要である。
しかし、iPS細胞から作られる神経細胞は「胎児型」に近いため、3Rタウしか作られないという大きな問題があった。これでは成人脳の病態を正確に再現できない。
そこでLi Gan教授の研究グループは、タウ遺伝子のスプライシング部位(遺伝子の設計図からRNAが作られる際のつなぎ方)を改変し、4Rタウを発現できる新しい細胞モデルを開発した。この細胞に「タウシード」と呼ばれる凝集の種(核)を加えることで、ヒト神経細胞内で実際にタウの凝集体を作り出すことに成功した。さらに、この凝集が神経の活動低下を引き起こすことも見いだしている。
彼女らはこの技術を応用して、タウ凝集体がどのように細胞間を伝播していくかを調べるスクリーニング系も確立した。その結果、タウの広がりに関わる新しい因子を発見し、それがマウスのタウ遺伝子改変モデル(Tau transgenic mouse)でも同様にタウ伝播に関与していることを示した。この研究は、今後のタウ病理研究における重要な基盤技術となる可能性を示している。
ただし、Gan教授らの系は、4Rタウを発現させるために一つひとつのiPS細胞株にゲノム編集を行う必要がある。そのため、「患者ごとに異なる遺伝的背景を活かした病態モデルをつくる」というiPS細胞の最大の利点を生かしにくいという課題もある。今後は、ゲノム編集を行わなくても4Rタウを自然に発現できる系、たとえば体細胞から直接神経細胞を誘導する「直接誘導法(direct conversion)」のような新しいアプローチが、次の重要な研究方向になると考えられる。




