日本認知症学会

menu

ミクログリアの脂質蓄積の抑制はアルツハイマー病モデルマウスのアミロイドβタンパク質の貪食を促進する

Reducing microglial lipid load enhances β amyloid phagocytosis in an Alzheimer’s disease mouse model

ミクログリアの脂質蓄積の抑制はアルツハイマー病モデルマウスのアミロイドβタンパク質の貪食を促進する

Wu et al. Science Advance 11, eadq6038 (2025)

シンガポール・南洋理工大学の研究グループは加齢及び高脂肪食によりミクログリアに蓄積した脂質を、遺伝学的手法によりミクログリア特異的に抑制した結果、ミクログリアの食作用が促進し脳内アミロイドβタンパク質(Aβ)の蓄積が抑制されることをアルツハイマー病(AD)モデルマウスにおいて見出しました。2025年2月5日のScience Advances誌での報告です。

細胞内のトリグリセリドやコレステロールエステルなどの中性脂質は脂肪滴と呼ばれる細胞内小器官の一つに貯蔵され、また、その分解を通してエネルギー供給を行うなど、脂肪滴は細胞エネルギーバランスの調整に関与することが知られています。近年その脂肪滴が、老齢マウス及びヒト脳内のミクログリアで蓄積すること、それら脂肪滴が蓄積したミクログリアは炎症性サイトカインを放出するとともに貪食能が低下していること、また、液性因子を介して神経細胞の変性も誘導することが報告されてきており、ミクログリアでの脂肪滴の蓄積は脳内環境に負の影響を与える可能性が指摘されています。一方で、どのようなタイプのミクログリアに脂肪滴が蓄積するのか、また、ミクログリアの蓄積は脳内のAβ沈着にどのような影響を及ぼすのかは明らかにされていませんでした。本研究ではそれらの点について、近年注目を集めている脳境界マクロファージ(Border-associated macrophage: BAM)にも焦点を当て、野生型及びADマウスモデル[APPノックイン(APP-KI)マウス:APPNL-G-F]を対象に解析を行いました。

まず、野生型及びAPP-KIマウスの脳よりソーティングしたミクログリア及びBAMにおける脂肪滴の形成について検討したところ、加齢に伴い脂肪滴が蓄積し、その蓄積は高脂肪食により促進していました。APP-KIマウス脳ではAβ沈着周囲のミクログリアにおいて脂肪滴の蓄積が顕著であり、硬膜下周辺のBAMにおいても脂肪滴が蓄積していました。ミクログリアのリピドミクス解析の結果、トリグリセリドとコレステロールエステルの蓄積が顕著であることも明らかになりました。他方、APP-KIマウス脳ではDAMマーカーであるCD11c陽性の活性型ミクログリア(ARM)において脂肪滴の蓄積が顕著でした。また、ARMではPlin2ApoELpl、およびTrem2などの脂質代謝関連遺伝子の発現が上昇しており、アテローム性動脈硬化部位に見られる脂肪滴包含マクロファージである泡沫細胞と類似した特徴が観察されました。
興味深いことにAPP-KIマウス脳のミクログリアにおいて、脂肪滴生成の開始過程に関与するFit2遺伝子の発現が上昇していたことから、Cx3cr1Cre-ERT2マウスとFit2fl/flマウスの掛け合わせによりミクログリア及びBAM(共にCx3cr1発現陽性)特異的な脂肪滴形成の抑制を試みた結果、Fit2発現抑制によりAPP-KIマウス脳のミクログリア及びBAMの脂肪滴の蓄積が抑制されました。リピドミクス解析の結果Fit2発現抑制により種々中性脂質、とりわけトリグリセリド量が減少するとともに、上記脂質代謝関連遺伝子の発現も減少していました。また、Fit2発現抑制によりARMにおけるMHCIIの発現が増加しており、加えて、Gene set enrichment analysisにおいて、ARMでのリソソーム/貪食経路の遺伝子発現に変化が見られました。
MHCIIは食作用が活発なミクログリアのマーカーとして報告されていることから、ミクログリア及びBAMの貪食能を大腸菌及びAβオリゴマーを用いin vitroで検討した結果、Fit2発現を抑制したAPP-KIマウス由来の当該細胞において貪食能の促進が認められました。また、Methoxy-XO4注入による脳内Aβの蛍光標識を利用したin vivo実験において、マウス脳内ミクログリアのAβ貪食の促進とAβ沈着量の減少が観察されました。加えて、Fit2発現抑制は死細胞の貪食(efferocytosis)も促進しており、脂肪滴蓄積の抑制は対象物を問わずミクログリアの貪食能を促進する可能性が示されました。

近年ミクログリアにおける脂肪滴の蓄積が脳内の神経系細胞に悪影響を及ぼすことが報告されており、ミクログリアにおける脂質代謝の変容がAD病変形成に影響を及ぼし得ることが示唆されています。本研究ではそのAD中核病変の一つであるAβ沈着への影響を示しており興味深い報告と思われます。一方で、脂肪滴蓄積から貪食能低下につながる分子機序については、リソソームを介した脂肪滴の分解経路であるリポファジーが、脂肪滴蓄積による過負荷で障害されている可能性を議論しているものの、依然として追求すべき課題として残されています。また、TnfaIl6などの炎症性サイトカインの発現については、Fit2の発現抑制により脳組織全体では抑制されているものの、それより単離したミクログリアにおいては抑制が認められていないなど明瞭な結論を得るまでには至っていません。ミクログリアにおける脂質蓄積の分子機序やその神経変性との因果関係については、今後の更なる研究が待たれます。
(文責 北海道大学遺伝子病制御研究所 及川尚人)